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クスコからオリャンタイタンボ迄バス、そこから機動車でアグアス・カリエンテス迄。
アグアス・カリエンテスからマチュピチュ迄はバスだった。話は前後するがクスコから朝8時のペルー・レイルに乗って、チチカカ湖に向うプーノ迄の話。 列車はビスタドーム、ガイドさんが列車の切符の裏側を見て、凄い値段が書いてあると言うので、見たらUS$で105,199とある。 ![]() 10時間を越える列者の旅、此れが私はとても気に入りました。所によっては、車よりも遅い、自転車、俥にも追い越される。列車の中では、いろいろなパホーマンスが有り、ファッションショウが有り、モデルが着たアルパカの製品の直売も有り、退屈しません。 ![]() 車窓の風景もよし、絵を描く人は、ゆっくりと写生もできる、全員が思い思いのゆとりの有る、貴重な時間帯を過ごせたかと思われます。列車内お茶の時間もありました。見ものは昼食時間、それぞれが2〜3択でオーダーした食事、1車両に約30人は乗っています、多分航空機内の機内食の配られる状態では?と想像していましたら、何と、7〜8人のボーイさんが1人3枚づつの料理をもって行進して来ました。それは配膳から始まり、前菜、メイン、デザート下膳迄、全員が揃っての行進見事でした。 ![]() 途中、10分間列車から降りて休憩する時間がありました。お土産屋さん、写真の様な民族衣装を着て、モデルとなり心付けをもらう人もいました。 ![]() 帰路の列車内でも同じでした。リャマの人形を肩にかけてすっぽり頭から白いマスクをかぶって踊ったり、またファッションショウ有りで、楽しい思い出になりました。
水も豊かな、オリャイタンタンボ遺跡
![]() インカ帝国時代の、要塞とも言われている。階段300段(150メートル)上がった所に大岩が並んでいる、こんな高い所にこの岩を運び上げたのが不思議。 ![]() 下に闘牛場が見える、大岩はこの方向から運び上げたとガイドさんの説明。 ![]() 向い側の山の中腹に穀物倉庫があり風の向きや日当たりの条件など自然の環境を利用し保存庫としての条件を満たしているとの事。
マチュピチュヘーー1歩。 インカ道の村オリャンタイタンボへ移動途中立ち寄った、素朴な村、ユカイ、ピサック市場。此れがペルーでの最初の市場見学となる。
![]() 印象はトウモロコシの大きさと色。ジャガイモの種類の多さ、天然素材の着色料と言うのか?染料の色鮮やかさでした。 ![]() 市場の所々に、縁起物、水にゆかりの有るかえるが、まつられていました。 ![]() 縁起物のもう1つ、沖縄の瓦にシーサーを思わせるペールーの家々の屋根。屋根の中央には形相凄まじいシーサーに有らぬ、2頭の牛、中には十字架を中央に2頭の牛。このお店の門の上にも牛がまつられていました。 ![]()
クスコでの昼食———バイキング。 サラダ用の野菜は豊富。
![]() 魚介類のお寿司、高度が3000メートルを越えている影響で、シャリが沸点に達して炊きあがったものでないので、見た目は奇麗だが、まずい!デザートは美味しそうだったが味見はしませんでした。目を奪われたのは独特な重量感の有る食器類でした。 ![]() 食材の豊かさ、味は楽しめるものが有りましたが、上の写真の様な加熱されたものではない、セビッチェを口にした時、生ものだけに鮮度に危険性を感じ、食後予防薬を服用。 此処のレストランでは、カリカリに焼けたパンが美味しくて1つ持ち帰りました。食いしん坊なのにあまり食べ物に執着しない私が持ち帰りたいと思ったパン、のちの自由行動の日、小規模では有るがパン工場の見学に結びつきました。 高度調整で服用している薬の為、水の補給でお腹がガボ!ガボ!、こんな水分過多の胃袋の為にとベットに寝そべってこのパンを食べて、同室のみさきさんに笑われてしまいました。ホテルロイヤルインカ夕食に出たスープ、穀物の名前が解らないが、美味しい。キヌアのスープと言った様な気がします。メインディッシュは牛肉料理だがパス。夕食時、ケーナ、サンポーニャ等の演奏有りリラックス。ホテル内に、ネールサロン有り、美容院有り10ドルで頭髪の洗浄、セットを利用した同行者も有り。 ![]() ![]()
アルマス広場のカテドラル建物の前。普段はない金色の半円形の特設物などたてられている。祭り好きのクスコ人は、毎週日曜日にお祭り騒ぎをするとの事で、そのため特設物は時により、いつまでも取り壊されない事が有るとの事。祭りの人混みで普段の町を見ることが出来ないのだが、彫刻が見事な木製の出窓やバルコニーが印象的でした。写真下側は、ラ・コンパニーア・デ・ヘスス教会
![]() インカの石材建築は「カミソリの刃1枚すら通さない」と言われている。精巧な石の壁に囲まれた道路、四角形、三角形だけでなく、10角、12角形等など複雑に刻まれた石がピタ!と収まっている。1番下の段に小さな石、上に大きな石を重ねる地震の揺れに強いと言うのだが、それぞれに考えられている石の意味を理解できる程の、能力は私にはない。ただただ感心する。クスコの街の中、至る所、遺跡だらけ、此処は名前が解りません。 ![]() 高度障害、呼吸が苦しい、ガイドさんに頼んでホテル迄タクシーをチャーターしてもらう。最初に止めたタクシー、ホテル迄2ソル(80円)の所1人2ドル3人で6ドルと言って動かない、怒ったガイドさん女ながらに車のボディを蹴飛ばして、早く立ち去れ!と大げんか、下の写真のタクシー、ドライバーとても好感の持てる正直な人、2ソルを受け取り「グラシアス」と何度も手を振って笑顔で帰りました。 ![]()
クスコ空港到着時、標高約3400メートル。 飛行機から降り立ったとき、身体は浮き足が地に着かない感じがしました。チベットの5400メートル以上も有る高地の峠越えを経験している私、此のくらいの高度なら大丈夫と思ってはいたのですが、突然不安感に襲われました。 チベット旅行直後腹部の激痛、体内に沢山の空気の気泡が有るのが解って2ヶ月も通院した事を思い出したからです。 ゆっくり!ゆっくり!と自分に言い聞かせながら、歩きました。
![]() カラフルな民族衣装、民族楽器の演奏、派手なお迎えをしてくれるのだなと思ったらCDを売る人達でした。 此の色彩此処からズーと目にする事になります。 ![]() 町中お祭りのパレード、ホテルの前、それぞれの広場、至る所様々な衣装を身に着けた人達のパレードです。 ![]() 楽しくて、空気の薄い事など気にならない、夢中で見物となりました。ホテルの前の道路も勿論パレードが繰り返されました。メインの「太陽の祭り、インティ・ライミ」迄にはマチュピチュ迄行って帰って来てからの6/24なのです。
リマ、旅の前後3泊。
![]() シーフード料理は満足のいくものでした ![]() 此の3品のうち ベビーホタテにパルメザンチーズをかけオープンで焼いた、コンチータ・ア・ラ・パルメサーナと言う此の料理は、代表的な郷土料理の1つです。 白身の魚のムニエル、メインディッシュではあったが、セビッチェを食べたいと希望した為、1品味見の為の、セビッチェが付けてもらえました。 セビッチェはペルーの代表料理。魚介類の好きな私にとっては毎食此れだけで良いと思う料理なのです。イカ、タコ、白身魚に赤タマネギのスライス、香辛料、スパイスを利かせレモン味で食べル、私にとってはア・ラ・カルトともいえます。 今、思い起こしてみると、此の海岸のレストラン以外、美味しい、セビッチェには出会いませんでした。中には下痢の要因になる様な鮮度に危険を感じ食べられなかった、レストランが有りました。 ![]() 太平洋を眼下にミラフローレスの海岸公園には恋人の抱き合った大きなモニュメントが有り目を見張ります。この辺り上昇気流が発生していて、ハングライダー(パラセール)達が海岸線の上空をとび、抱き合う恋人を見下ろしているかのようです。 恋人のモニュメントを中心に公園を囲むモザイクの囲いは、市民達の手作りとの事、スペインのガウディの色鮮やかなモザイクの建物や公園を思い出しました。 ![]() 海岸線真近の地域の環境に比べて、同じ此の太平洋に面した地域の高い所では1年中霧が発生してしまう所が有るようです。パンアメリカンハイウエイのパサマユ地区で旅の最後にカラル遺跡に行く時通過した道路です。行きも帰りも海の望める区間は乳白色の霧で視界が遮られました。此れは1年中起こっている状況との事。逆らう事のできない、太平洋と陸、山の間で発生する自然現象のようです。
6/19〜30日 12日間のペルーの旅が実現しました。旅行記は膨大な写真と共に自分流に記録を楽しむ事にして、印象に残った1部分の紹介をします。
ペルーへの憧れは、遥か昔泉 靖一の「インカ帝国、砂漠と高山の文明」に由るものでした。長い時が経過して、先に旅をした友人からのお土産や、話を沢山聴くチャンスにも恵まれました。何度かペルーの山や、人物ばかりを写した写真展を見ました、新聞でペルーの大きなお祭りを知りました。完全に期が熟して旅が決まったとき、さらに日本でインカ展が開催されした。 旅の行程表で、世界遺産ナスカの地上絵、遊覧飛行の1日が有りました。その予定は個人的に取りやめ、まだ発掘過程に有るカラル遺跡への単独見学に変えました。 ヒューストーン、経由リマ ![]() この時期珍しく空港は旅行者で溢れていましたが、此処ジョージア州ヒューストン空港、すでにバケージが取り除かれたターンテーブルの周囲は人の影もなく整然としていました。 ![]() リマ行きのターミナル移動途中この写真の向い側スウオッチ、ショップで時計を購入。此れは私が旅の1番最初にする、欠かした事のない買い物、子供へのお土産けん私の旅行中の時報役。いよいよ旅のスタートです。 ![]() リマ空港は、大混乱旅人を待つプラカードの、オンパレード。世界一行きたい国のナンバーワンに数えられている国、祭りやマチュピチュ、ナスカの地上絵飛行、チチカカ湖が人で埋まる前兆を見る、光景でした。 ![]() リマは大都会。世界遺産に指定された、歴史地区観光1部分の見学。アルマス広場、大統領官邸、トーレ・タグレ宮殿、カテドラル、サンフランシスコ教会、天野博物館、国立人類博物館など見学。 全部の紹介はしません1つだけ旅の終わり迄、目にする事になったドクロ、があるので、写真のドクロ達、サンフランシスコ教会の地下墓地、カタコンベを取り上げました。写真で見る様に頭蓋骨と太い骨だけがもっと人為的に大きな円形の穴に並べられていました。想像できなかった、遺骨の在り方です。中心に頭蓋骨廻りに手足の骨、そして又ドクロ、大きな円形に並べられているのです。石積みの隙間の所々にも頭蓋骨だけが埋められています。2万〜3万体もの、植民地時代の一般市民の骨との事。驚いたのは、リマでは現在でも遺体は火葬ではなく壁に埋めるとの事、遺体はいったん土に埋められやがて取り出され頭蓋骨と太い骨、細い骨に分けられて、最終的に壁に埋められるのだそうです。 ![]() 衝撃的なカタコンベ、博物館では埋葬されミイラ化した、民族の祖先達が目に残りましたが、ホテルのドアマンに迎えられての滞在、ホッとするものが有りました。 < 前のページ次のページ >
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