セビリアは建築様式の他に、ユリウス、カエサル、カルメン、コロンブスと名前がうかぶ。
旧タバコ工場は現在のセビリア大学に、役所になっているバロックのサンモルテ宮殿、マリアルイサ公園、スペイン広場を足早に移動。
バルセロナの闘牛場は閉鎖されたが、マドリッドの闘牛場はどうなったか?と過去の旅を思い出しながらーー午後にはアンダルシア州グコルドバへ、大型バス、3時間の移動となる。
コルドバへの高速中央分離帯は延々とキョウチクトウの花、マドリッド、グラナダの旅は過去にもあったのに交通手段がバスだったのか?何故か?初めての道の感じ。
目に浮かんで来るのもジブラルタル海峡やロンダのあたりばかり、アンダルシャがこれほど迄に広大で不毛の土壌だったのか?土漠の風景が展開して此の後、オリーブ畑ばかりの地に仰天する始末。
マドリッドはスイスのジュネーブより緯度が高い所だからと夫が説明してくれたが?うなずけない。なお此の風景が緑色になるのは雨期、雨が降った後のほんのわずかな期間なのですよとガイドさんの説明ありーーー枯れ葉色の風景。
コルドバ泊、ホテル センターのピンクとブルーの建物が印象的、方向音痴の私が1人歩きをしても絶対、迷いの心配がない位置にある。
スペインはシェスタがあって、昼食をとるのは2時頃、夕食は夜の9時と日中人気がない。夕食は結局旅行中9時頃からとなり、8時頃からようやく人が町にちらほら。
翌朝、ゆっくり朝食コルドバ観光、メスキータへ。
貨車が!!並んで停車中と一瞬思ったら、AVEコルドバ駅、建物の中央に大きな時計が午前9時15分を示していた。
グァダルキビール川対岸からメスキータを望む、広い川幅を頑丈なローマ橋が繋ぐ。
歩行にハンデのある画家に歩調を合わせ私はガイドの説明を逃す事度々。
コルドバの守護聖人天使の像、サン・ラフェアルか?ラファエルか?大理石立像の前にはロウソク立てがあって珍しい場所にロウソク立てがある理由を聞かなかった。13世紀か?17世紀か?も聞き取れなかった。
みんなが門をくぐる時、橋のたもとで後者を待つ。
門の中の観光用馬車が目に留まり飛び上がって喜んでしまった、全員歩く所を馬車に乗ればいいと思ったからーー。
結果は諦めざるを得ない事となる,絵を描いて待っていると,早くもサン・ラファエルの塔に座り絵を描き始めた画家,メスキータの入り口の門はまだ先。
コルドバは13世紀ペストが大流行被害を受けた此の塔はそれを救ったという、サン・ラファエルのトリンフォ。
此処で待つという画家を促し、メスキータの門の中庭迄歩き其処で私と2人で待つ事となった。1人置き去りにして私が歩き回ってはいけないと思いつつ、範囲は狭いがイスラムのミナレットの様な鐘楼の門をくぐって外に出た。狭い道路、ホテルもある。
10世紀、世界最大の人口を有したウマイア王朝の首都だったという興味で膨れ上がる。
踏み出した所はレンガか?石か?メスキータの中庭も通路の様に石が敷きつめられている、巾がないのに車の通行に驚く。
中庭の糸杉が根元から曲がっている,此の庭の風向きを目で感じたりしてしばし皆を待つ。
長方形のオレンジの中庭,全部、石が敷き詰められている、10世紀のアルマンソールの泉(噴水)あり,幾つもの庭に面した重厚な扉の入り口有り。