個人的に幾つもの体験からトラウマに成っている、閉鎖感とか恐怖感。
術後1日でも私を個室に入れないでと夫に頼んだ、自ら手術室に向う衣類に着替え、ストレッチャーに移乗、夫に見守られ0P室へ。
忘れもしないあの2年前の大震災の日と同じ3月11日の事だった。
立ち入れない入り口で止まった夫の顔に変わって、数秒後、名前の確認、大勢のスタッフの顔、手術室の天井に設置された円盤形の照明が目に入る。不思議な程恐怖心も不安も無くかけられる声に返事、麻酔で気が遠のく中、記憶に残った顔は担当医の内のⅠ人の先生だったか?「間もなく麻酔がーー」の声と共に直ぐ側に見えた先生の顔ーーー意識が途切れた。
術後、夫の顔を見て其の後の記憶が全くない。
生体を計測する機器が発する、音が遠くから救急車が発する音の様に聞こえて来る。
やがて人の気配を感じ、声を聞く、部屋の中を引きるカーテン、左側の大きな窓から空が見えて昼夜か?時間の経過不明。幾日も眼を閉じるとベットごとスイングする、音も無く浮いてスーとベットが動く目眩とは違う、そんな感じを何度か夫に伝えるがーーー不思議現象は夫に伝わらず!!
術足の真っ先の屈伸が何度だったのか?動かされる心配で支配されていた私の記憶にはないのに、夫が自身の見舞い記録にしるしてあって教えてくれた。
気付けば年齢80歳を越えた人ばかり、間もなく90才の高齢者に仰天、87・88・90才なんて考えてみたら女性の平均寿命を担う人ばかり。股関節、膝関節置換術、脊柱管狭窄症の施術を受けた人達が皆、自力で歩いて退院して行く、自分は未だ若い年齢なのに驚かされてしまった。
リハビリは速始まった、肢体から言語大勢の入院患者のリハビリが行なわれる部屋と、此処だけではなくリハビリ室の前の広い廊下も階段でもリハビリは行なわれる。
3月22日、私より10日も遅く手術を受けた人の素晴らしい快復ぶりに落ち込む、入院患者が次々と増して3/25日、スタッフセンターの真ん前の部屋から私の部屋が変わった。
窓際のベットから遅ればせながらの桜を見て、回診の先生や看護師さんに「見て!見て!」と思わず叫ぶ程、院内での時はすでに20日も経過していて散り際の櫻を見て感動した。
地上から4Fの窓を越えた大木は私の庭、朝夕小鳥の飛び立つのを見、揺らぐ木々の葉の動きで風を感じる。
前の部屋では朝陽が昇るのを見た。夕日が沈む部屋に変わり、そして月を見ながら眠った。